Merle Haggard 「Mama Tried」


https://youtu.be/fHHp0JJ0xdE


Merle Haggard ~ Mama Tried

ちょうど一年前に亡くなったカントリー歌手マール・ハガード

若い時は大変な不良だったそうで刑務所への服役経験もあります。マールの父は彼が幼い時に亡くなり母親は女手一つで彼を育てました。

mama  tried

息子を全うな道に戻そうと奔走した母を裏切って、21歳の自分は今刑務所の中にいる…

という内容の歌です

出所後にデビューしてヒット曲を出し、服役経験をカミングアウトしてもファンが減らなかった…古い時代のこととは言え日本では考えられない事ですよね。

 

 

 

アメリカの心の歌   expanded edition

アメリカの心の歌 expanded edition

 

マールハガードについてはこの本の中に詳しいエピソードが載っています。

sing me back homeという歌のモデルとなった、親しかった囚人のエピソードはなかなかにドラマチックです。

長田さんの男前な文章と、歌詞の意訳(引用) が素晴らしい。

 

listentomybluebird.hatenablog.com

 

 

 

 

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顔が お祭り

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最近、久しぶりに電車に乗ったときのことです。

向かいの座席に、小学校高学年と中学生くらい、女の子の二人連れがいました。たぶん姉妹。二人は電車の中でメイクをしていました。しかも濃い。笑っちゃうくらい、濃い。

鏡の中の自分の顔が変わっていくのが楽しくて、ついついやりすぎてしまうという失敗、昔はメイク初心者にはありがちでしたが…今でもいるんですね。

 

部屋で、メイクのハウツーが載った雑誌を片手に見よう見まねでメイクをしていて、細部に集中しすぎるあまり全体のバランスがどっか行っちゃう。いつのまにか「顔がお祭り」状態になってて、家族に失笑されて初めて気がつく。そんな経験をわたしも十代の後半にしました。

 

今は、初メイクの歳も低年齢化。小学生でも「なんか塗ってる」のはそう珍しくはないんでしょう。でもわたしの生活圏ではマッタクみかけないので、たまの都会で、化粧した少女達を見て、珍動物に遭遇したような気分になりました。

 

その、電車の姉妹も、顔面祭り!絶賛開催中!って感じで、おねえちゃんは昭和のヤンキー、いもうとはお稚児さんみたいになってて(笑)

なんでもやってみたいお年頃なのねー。なんか、微笑ましい、顔面祭り。マナーは悪いけど。

電車の中でしているところをみると、家では親はいい顔しないんでしょうね。当たり前だけど。

お母さんの困り果てた顔が眼に浮かびます。厚化粧で外をうろつく娘たち。恥ずかしいし、親としては心配でしょう。メイクが濃いほど幼さが際立つような気がします。

 

このお嬢さん方も、何年後かに今の自分の写真をみたら、死ぬほど恥ずかしいと思うことでしょう。

そういう経験も、ある意味悪くはないんだけど。背伸びしていた幼さの思い出。

 

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八木重吉詩集「秋の瞳」

 

八木重吉詩集: 秋の瞳・貧しき信徒・未刊詩群

八木重吉詩集: 秋の瞳・貧しき信徒・未刊詩群

 

 

「秋の瞳」は八木重吉(1898ー1927)が生前に一冊だけ出した詩集です。(死後に刊行されたものはあります)

 

ふるさとの山の中に うづくまったとき

さやかにも 私の悔いは もえました

あまりにも うつくしい それの ほのほに

しばし わたしは

こしかたの あやまちを 讃むるような気持ちになった(ふるさとの山)

 

否定されない

許されている

そんな気持ちになります

 

おもたい かなしみが さえわたるとき

さやかにも かなしみは ちから

みよ、かなしみの つらぬくちから

かなしみは よろこびを

怒り、なげきをも つらぬいて もえさかる

かなしみこそ

すみわたりたる すだまとも 生くるか(おもたい かなしみ)

 

彼が憧れたもの

見ようとしたもの

受け止めようとしたものはなんだったんだろう

 

わたし みづからのなかでもいい

わたしの外の せかいでもいい

どこかに「ほんとうに美しいもの」は ないのか

それが敵であつてもかまわない

及びがたくてもよい

ただ在るといふことが 分かりさへすれば、

ああ ひさしくも これを追ふに つかれたこころ(うつくしいもの)

 

こういうシンプルな、でも決して陳腐な言葉の羅列でない詩を読むとハッとします。

俯瞰している。

いや違うな〜

神か、自然か、わからないけど 何かおおいなるものが見ていて 深い所から語りかけてくるような…それに耳を澄ましているような。

 

こころよ

では いつておいで

しかしまた もどつておいでね

やつぱり ここがいいのだに

こころよ

では 行つておいで(心よ)

 

ほのかにも いろづいてゆく こころ

われながら あいらしい こころよ

ながれゆくものよ

さあ それならば ゆくがいい

「役立たぬもの」に あくがれて はてしなく

まぼろしを 追ふて 限りなく

心ときめいて かけりゆけよ(心よ)

 

言葉は心を受ける容れ物。

 

わたしの まちがひだつた
わたしのまちがひだつた
こうして 草にすわれば それがわかる(草に すわる)

 

八木重吉の詩の世界にしばし心を寄せていると、自分が自分が〜の思考から解き放たれて、解き放たれるからこそ、見えてくるものが あると思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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紛らわしいの。

ゆうパック(小包)が届きました。親戚からです。

時々同じ人から届くのですが、人にものをあげるのが好きな人で「要らないからあげる」といっては、いろんなものを送ってきます。「要らないから…」というのはその人なりに、相手に気を遣わせない配慮なのかもしれないけど、例えば

インスタントコーヒーを買った時についてたオマケのマグカップと

特売で買いすぎた、どこにでも売っているお菓子と

通販で買ったけどサイズが合わなかった服と

スーパーで買った高野豆腐や干し椎茸などの乾物…

まぁ、そんなものをまとめてダンボールに入れて送ってくるわけです。

「あなたが要らないものはワタシも要らないんですよ」「要らないなら捨てればいいのに」と思うのですが、相手に悪気がないだけに、言うに言えません。

今回、送り状にはお菓子、羊羹、と書いてあります。開けてみると

小麦粉

チョコレート

通販で買ったけど好みじゃなかったらしいバッグ

が入っていました。送り状に書いてあった羊羹は入っていませんでした。入れ忘れたのかな?

まいっか…

すると、今度は、宅配便から荷物がきて、みると、品名のところに某老舗和菓子屋の羊羹と書いてありました。

Amazonから直送になっていて、宛名は間違いなく我が家ですが、送り主の名前がどこにもない。

うちで羊羹を注文した覚えがないことをドライバーさんに告げましたが、そう言われても、という感じでドライバーさんも困惑しています。着払いじゃないから大丈夫だと思うんですけどねぇ、と、そのドライバーさんの個人的見解ですけど、そう言われて、それもそうだな、きっとさっきのゆうパックを送ってきた親戚からだな、と思い、宅配の羊羹を受け取りました。

 

念のためにお礼を兼ねて、ゆうパックが届きました、別の宅配便で羊羹が届いたのですがこれもそうですか?と相手(親戚)にメールしてみました。

すると、宅配便の羊羹は自分が送ったものではない、ゆうパックの送り状に羊羹と書いたのは、荷物が重いので郵便局の人に中身を訊かれるのが面倒だったから羊羹と書けばしつこく訊かれないと思ったから、という若干怒ってる感じの返事が来ました。

ちょっと意味がわからない。中身を訊かれるのが面倒って、小麦粉とお菓子とバッグと言えば済む話だと思うんですが、なぜわざわざウソを書くのか?羊羹て発想はどこから?様々な疑問が頭の中を渦巻きます。変な人。とりあえず、お騒がせしてすみません、お詫びのメールをしました。

 

後でよーく考えて、もしかしたらあの人かも?という、別な親戚に連絡して、さりげなくきいたところ、その人が羊羹を送ったことがわかりました。その人は、送り主名を書き忘れたことも自分ではわかっていませんでした…インターネット通販に慣れていなくて、としきりに謝っていたので、大丈夫ですよ、ちゃんと届いてますから、と落ち込んでるその人を慰めるように、励ますように、声をかけました。なんか、疲れる…

 

あとで変な人からまたメールが来て、宅配便の送り主が書いてないのは困るよね!迷惑だよね!って…いやぁ〜送り状にウソ書くあなたも迷惑ですけどね、と思ったけど面倒なのでスルー。もっと若いときなら、もう変なもの送らないで!とキレたりしたと思うのですが、もうケンカする元気も持ち合わせていないので、これからもこの変な人とのお付き合いは続くと思います、親戚だし。いや、ちょっと変だけど、根はいい人なんですよ。って最後にフォローしても遅いか。

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片山廣子「ばらの花 五つ」

 

花 (百年文庫)

花 (百年文庫)

 

 

 

花にまつわる、三つの話。優れた女流文学作家というのは、聡明であることはもちろん、ある種の素直さを兼ね備えた人たちなんだなぁ、と感じました。

 

「ばらの花 五つ」は 、もとは、片山廣子晩年1955年の随筆集「燈火節」の中に収録された、ごく短い文章です。(青空文庫でも読めます)

この「燈火節」という本は第三回エッセイストクラブ賞を受賞しています。Amazonでは随分とお高くなっていますが、新版の出版元、月曜社のラインナップには今も記載があるので、在庫があれば定価¥1600で買えるのではないでしょうか。ちなみにその新版の解説は梨木香歩さんとなっています。

片山廣子「新編 燈火節」月曜社

www.getsuyosha.jp/kikan/tokasetsu2.html

日常のほんの小さな出来事を中心に、終戦直後の市井の人々の暮らしぶりがよくわかり、それに対する著者の感想、雑感が、控えめだけど知性にあふれていて、時にユーモラスで、好感が持てます。人間、歳を取ると考え方が凝り固まっていくものなんだろうと勝手に思っていましたが、片山廣子はしなやかな心を持ち続けたひとなんだなぁ。

時代が時代なので「貧しさ」に対する考察が多いのですが、人に「どうせあんたは本当の貧しさ、赤貧なんか知らないだろう」と言われて「たしかに私の貧乏は赤じゃなくてピンク程度かもしれない」とクールに分析してみせる(赤とピンクの世界…燈火節より)ところなんか、当時の「普通のおばあさん」とはちょっと違う思考の人だったんだなーというのがよくわかります。

外交官の令嬢で英語が堪能。女学校卒業後は短歌の手ほどきを受け作品を発表していました。21歳で結婚して二児をもうけますが夫と死別、子どもを育てながら翻訳の仕事をこなし、特にアイルランド文学、幻想文学の翻訳家(松村みね子名義)として活躍しました。朝ドラ「花子とアン」の村岡花子とも親交があったようです。

 

片山廣子は、芥川龍之介の最後の恋人、と言われた人なんだそうで、廣子の方が10歳以上年上ですから、二人の仲が実のところどこまでだったのかっていうのはありますけど、芥川が廣子の知的な素養に強く惹かれた、というのは事実のようです。

芥川は『或る阿呆の一生』の中で廣子について、「彼は彼と才力の上にも格闘できる女に遭遇した」と記している。(百年文庫 解説より)

 

さて百年文庫に収録された片山廣子「ばらの花 五つ」(出典  燈火節)

新しく出来たばかりの薔薇園の前を通りかかった廣子は、そこの主人と挨拶を交わした後、彼から五本の薔薇を売ってもらいます。

後日、廣子は人づてに男の素性を知ります。元は社会的地位の高い仕事をしていたのに不本意に職を解かれた人。薔薇園は彼が選択した人生の再スタートだったのです。しかし数年後、濡れ衣が晴れ、彼は元の仕事に復帰。薔薇園は人手に渡り、廣子は二度とその男に会うことはありませんでした。

数十年後、日本は戦争に負け、殆どの人達はどん底の生活を送るようになります。

廣子は、薔薇園のかつての主人、あの時、仕事を追われ、失意の中で、薔薇を育てて生きていこうと決意していた男の胸中に思いを巡らせます。

まだ商売慣れしていなくて、薔薇屋が薔薇の代金を取るという当たり前のことに躊躇を見せ、とても言いにくそうに「お代をいただいてよろしいですか」と言った男。

ばらの花をきり、つぼみを一つきり二つきり

小さい利益と小さい損失を積み重ね、積み重ね、自分の新しい仕事を育ててゆかなければー

多くの人が多くの大切なものを失った時代、廣子は、自分も何かしらの仕事を見つけ「人におんぶしない生活」をしたいと願います。ただ、ひたすら、生きていく為に働きたいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日の続き

発掘した週Fの続きです。

 

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この雑誌は、背表紙がある(本棚に入れた時背表紙が正面に見える)製本の仕方だったのですが、この年(83年)か次の年くらいに 、中綴じというのかな?正しくはなんていうのかわかんないですけど、普通の週刊誌のような、週刊○潮とか○春みたいに真ん中をホチキスで留める製本に変わるんですよ。表紙もアーティストの写真から、音楽と全然関係ない、すっとぼけたイラストに変わってしまう。その後、FMステーションと同じ大きさになったり、イラストが写真に戻ったり、たぶん部数が落ちて迷走してたんだろうけど、結局廃刊になってしまいました。

 

来日公演に密着

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ツアーの合間に京都観光したんですねー。(見えないけど)たぬきとツーショット。人懐っこい笑顔です。

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総力特集フォークは死んだか?

これはタイトルを見ただけで、ツッコミどころ満載な予感がしましたが…ざっくりした内容でした。

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↑左上は、チンカチンカ…の、あのお方ですね(モノマネのインパクト。チンカチンカって本人はそれほど言ってないよとテレビでボヤいてました)インタビューはレコーディング(フォークマンブラザース?)真っ只中の時だったようです。「ウソを歌わないのがフォークシンガー」とおっしゃってます。わたしはその下のメガネの人が、なんだか気になります(特に理由はありません)

↓次のページ、一番右の方(かた)は、昨年お亡くなりになりました…その下の人は、今はなにしてるんだろう?その隣の座ってる方と、左ページの下の方は新人アーティスト代表として意見を述べられています。座ってる方はどんな歌を歌っていたのかわかりませんが、調べてみると、現在は〇〇市の市議をなさっていて、左の方は今年デビュー35年周年だそうです。それぞれの人生。

左の上の方はラジオのディレクターさんだそうです。

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ちょっと見ずらいかな?広告です。

「誰」という字の左と「も」の字の上にある四角い突起が「高性能超小型マイク」になっている、レコーディングヘッドホンというもの。バイノーラル録音方式と書いてあります。

「ライブステージを録ったり〜」「ニクタラシイ使い道がいっぱい」堂々と書いてますけど、どこかから怒られたりしなかったんでしょうか。それにこんなの装着してたら結構目立つと思うんですが、実際これ付けてライブを録音した人いたのかなぁって、ちょっと気になります。

(インナータイプもあったそうです。)

 

オーディオレビューのページ

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赤いのは

カセットテープが10個も入るびっくりオートチェンジャー

売れたのかなーこれ。

 

時間を忘れて夢中になって読んでたら、本が、背表紙から真っ二つに割れてしまいました。

おしまい。

 

 

 

 

 

            

 

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発掘 昔の雑誌

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ある時期までは毎号(隔週)買っていた雑誌です。週刊FM(音楽之友社)当時は220円でした。

ほとんど巻末の番組表しか見ていなかったので、あらためてほかのページも読んでみました。

1983年2月28日〜3月13日号

 

巻頭はフォーク界のレジェンド、なぜか浴衣です。ちなみに次のページは見開きで入浴ショット(自粛)。吉田拓郎さんの事はあまり知らないので記事を読んでもイマイチよくわからないのですが、周りからそろそろ何かやれと言われてるけどそれに乗っかってやらされるのは嫌なんだ、的なことをおっしゃっています。

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お次は、エリック・クラプトンのプライベートショット。記事には「傘も帽子もイマい」って書いてます。イマいって(笑)…ナウい、の進化系でしたっけ?流行語?イマい、ナウい、実際に遣った記憶がないのですがホントに巷で流行ってたんでしょうか。忘れてるだけ?どっちにしても今や死語です。

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ある日本のフォーク歌手、今では大御所ですけど、その方が婚約したという話題が載っていました。お相手(一般人)の顔写真とフルネームがバッチリ掲載されています。〇〇〇〇〇(ひらがな)が選んだ△△△さんはこんな女性でーす!なんて、許可をとって取材をしたから載せてるんだろうけど…今ではまずありえないですよね、呑気な時代だったんだなぁ…ちなみに〇〇〇〇〇さんの写真やコメントは一切なく、メインはあくまでフィアンセの△△△さんという記事でした。

 

↓この辺りは世代じゃないとわからないと思いますが、ハサミで切りぬいてカセットケースに入れてジャケットにするのです。カセットレーベル。

アルファベットのレタリングシートというものがあって、それはふつうに文房具屋に売ってる物だったと思うんですが、鉛筆のカドなんかでシートの文字を擦ってレーベルの白いところに転写するんですよ。タイトルをつける。思えば気が遠くなるような手作業でした。不器用なので、すぐ手書き派に戻りました。

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広告です。カセットテープの編集がラクに出来る、という明快な説明。当時の若者は、マイベスト的なカセットを作って友人等と共有することに熱心だったんですね。私はお年玉で買ったやっすいラジカセしか持ってなかったし車を持てる年齢でもなかったので、そこまでやる気合いみたいなものはなかったです。この商品も当時としては画期的だったんでしょうね。

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なんと、読者プレゼントがミュージックテープ!

なぜにカセット?という気もしないではないけれど、小さくて発送が楽だからかな?

そういえば去年あたり、ミュージックテープがちょっと流行ってる、なんて話を聞きましたが、今も続いているのかな。

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ターンテーブルカセットデッキ、CDプレーヤーの広告が混在しています。

画像貼りすぎですね。すみません。続きはまた後で。

 

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