さかな1ぴきなまのまま


子供の頃、近所にZという男の子がいた。Zは私より一つ年上で、棒っきれみたいに細い身体の、肩の上に小さくてまん丸な顔がちょこんと付いていてた。
私の住んでいた町は緑が少なく、工場と古い団地が並ぶ殺風景な街並みだった。その隙間を埋めるように小さな公園がいくつかあった。公園には一号、二号…と番号の名前がついていた。
町の子供達は自分の家から一番近い公園を拠点にして遊んでいた。私のホームは四号公園。毎日同級生と遊んだ。みんなで仲良く遊んでいると、必ずZがやってきた。Zには小さい弟妹がいて、そのチビ達を引き連れてきては、私たちの邪魔をする。こちらが滑り台で遊んでいると「そこは俺たちが使うからどけろ」鉄棒をしていると「俺たちが使うからあっちに行け」。たまに一緒に遊ぶこともあったのだが、Zが指図してくるのですぐ喧嘩になった。Zは何かと言うとすぐ「お前ら○年生のくせに。俺の方が年上なんだからなっ」とスゴんだ。
でも私たちはみんな知っていた。いつも威張りくさっているZは、実は学校ではとても大人しい。もっと体の大きなZの同級生の男子グループがいて、Zはそいつらのパシリなのだ。だからZが公園で威張り散らしても私たちは全然怖くなかったし言うことを聞かなかった。小さな諍いを繰り返しながら、私たちは毎日四号で遊んでいた。
ある日、私は一人で四号に遊びに行った。誰もいなかったので一人でブランコに乗っていた。しばらくするとZが来た。Zも一人だった。
何がどうしてそうなったのか全く思い出せないのだが、気がつくとZとわたしは、二人で汗だくになって立ったまま箱ブランコを漕いでいた。箱ブランコは宇宙船で、Zは船長、私はその部下なのだった。もう直ぐ地球がバクハツするから、みんなを乗せて逃げなければならない。
「みんな乗ったか!」「乗った乗った!」「父さんやさんや母さんは?」「乗った乗った!」「おとうと、いもうとは?」「乗った乗った!」「先生は?友達は?」「乗った乗った!」二人で思いつく限りの身近な誰かの名前を叫び、最後はペットやマンガの登場人物まで乗せて、宇宙船は無事地球を脱出した。
その時サイレンが鳴った。夕方五時のサイレン。工場の交代時間を告げるそれは、 町の子供たちに「お家に帰る時間だよ」という合図でもあった。
「帰る」そう言ってZは箱ブランコから飛び降りた。「帰る」私も飛び降りた。バイバイも言わず、私たちはお互い背を向けて家に帰った。
次の日から、Zはまたイヤなヤツになった。私も いつものように言い返す。昨日二人で遊んだことは、まるで無かったことだった。
それから何年もしないうちに、Zも私も公園で遊ばなくなった。道で、学校で、すれ違っても目すら合わせない。それが普通だった。Zは高校入試に落ちて吹き溜まりみたいな学校へ行った。それからZに一度も会っていない。

さかな1ぴきなまのまま、を読んでいたらZのことを思い出した。この本は、友だちがテーマだ。ネコとヘビが原っぱでトンボを捕っている。ふたりの姿があの日四号で遊んだZと私に重なった。あの10分か20分の短い時間、Zと私は確かに友だちだった。今どこかですれ違ってもお互い気づかないかもしれない。

思いやりとか(わかりやすい)友情とか、小賢しい理屈はこの本には出てこない。
友だちとは、時間を共にすること。佐野洋子は大事なことをいつもさりげなく教えてくれる。

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