エゴイストの回想

今週のお題「読書の秋」

エゴイストの回想(ダウスン)

街頭でヴァイオリンを弾くホームレスの少年は、ある日、貴族の婦人に才能を見出され彼女に引き取られます。パトロンの援助を得た彼は、数十年を経て、ヴァイオリニストとして富と名声をものにし、優雅な生活を送っています。しかしある夜、窓下から聞こえてきた手回しオルガンの音色に激しく心をかき乱され…。

捨てたはずの過去への罪悪感に苛まれる男は、一方でパトロンから与えられたStradivariusを死んでも離したくない、弾きながら死にたいとさえ思い、過去を捨てて得た今の地位に執着しています。葛藤を感傷だと自嘲し、それが音楽家としての自分を高みに導くエッセンスになることも、心のどこかでわかっている…大まかにいうとこんなストーリーです。

冷徹で自分勝手な男ですが、なぜかこの男のことを嫌いにはなれませんでした。人生の中で唯一の「温かい」思い出が、捨てた過去の中にあるのですが、それに対する男の気持ちに嘘はなく、その思い出の影を、多分一生追い続けずにはいられない。しかし、本気で取り戻す事もきっと出来ない。心の中で向き合うことはできても、現実のその後を知ることは彼の芸術にとってはマイナスでしかないのだから。

「エゴイストの回想」作者のアーネスト・クリストファー・ダウスンは19世紀末のイギリスの詩人。映画「風と共に去りぬ」や「酒と薔薇の日々」の原題はダウスンの詩から引用されたものだそうです。

作品集も出ていますが、私はポプラ社の百年文庫13巻「響」に収録されたものを読みました。

百年文庫は新書サイズのアンソロジー。一冊に三つの作品、作家の有名無名、洋邦問わず、一般にはあまり知られていない近代文学の短編小説が収められています。学生時代に読もうとして挫折した夏目漱石三島由紀夫ヘミングウェイ…も、このシリーズでは読めました。短編なら読めるかもという安心感、そして新書サイズは薄くて軽いのでバッグに入れてもかさばらない、そして字が文庫より大きい!(笑)というのがいいですね。それぞれの作家の代表作というものではありませんが、選者のセンスがいいのでしょう。百年文庫「響」には他に作曲家として有名なヴァーグナーの「ヴェートーヴェンまいり」ホフマンの「クレスペル顧問官」と音楽にまつわる短編が収められています。近代文学への入門としても、実は優れたシリーズではないかと思います。

 

(013)響 (百年文庫)

(013)響 (百年文庫)

 

 

 

アーネスト・ダウスン作品集 (岩波文庫)

アーネスト・ダウスン作品集 (岩波文庫)