ウェルズ・タワー「奪い尽くされ、焼き尽くされ」

 

奪い尽くされ、焼き尽くされ (新潮クレスト・ブックス)

奪い尽くされ、焼き尽くされ (新潮クレスト・ブックス)

 
 多彩な視点と鮮烈な語りが、人々の静かな絶望、消えずに残った願い、湧き出す暴力の気配を描き出す。アメリカン・ドリームなき21世紀のアメリカ人の姿とその内面を絶妙の心理描写と独特のユーモアで浮き彫りにする全9編。(本書カバー 内容紹介より)

“アメリカは今途方も無い荒涼の中にある ”(青山南 翻訳家)という帯文に惹かれて手にした一冊。

不幸のどん底というわけでもないが小さなしくじりや不運が重なってしまう。不安や焦りに燻されるような日々に耐え、今日もあんまりうまくいかない日常をなんとかやり過ごす…この短編集に登場する主人公はそんな人たちで、どうもこれが今のアメリカの「ふつうの人々」らしい。

狡猾な叔父に“大切なもの”を少しづつ搾取されていく男は薄々気づいているがどうすることもできない(茶色い海岸)  些細な嘘とごまかしでしか自分を守る術を知らない少年の密かな願い(ヒョウ) 美しい従姉妹に劣等感を募らせる少女は自ら怪しい男に近づき(野生のアメリカ) 車椅子の老人は“売春婦”が住むという向かいの家の監視を始める(目に映るドア)

事件らしい事はほとんど起きない。日常の断片を切り取って見せる。先が見えない現状を怒りや悲しみで流すでもなく安易に幸福を願うこともしない。ひたすらドライでシニカルな視点。

「下り坂」が特に良かった。“元妻の再婚相手”を車で遠くの病院まで送り届けることになった男、エドの話。エドは、自分の妻子を奪った上に何かに付けて薄っぺらな正論をほざく相手の男にうんざりしながらも(ここでうまくやれば元妻の信頼を取り戻せる)と彼なりの努力をする。しかし起こる出来事は全てエドにとって悪い方に転がってしまう。男との噛み合わない会話、破綻した結婚生活の回想、何がいけなかったのか、なぜこうも自分の人生はうまくいかないのか…不満と怒りが次第に増幅していく様子が丹念な描写で綴られていく。暗い話のはずだが、他人の「踏んだり蹴ったり」はどこか滑稽にも感じてしまう。

それぞれの物語はまるで、照明が消えたかのように唐突に終わる。これで終わり?だからなんなの?結局どうなったの?作者の目線の中に答えを求めても何も示してはくれない。

 夢や希望、そういうものは持ち続けるに越したことはないのかもしれない。しかし、いつの間にか見失ったり忘れたりしながら生きている人は思いの外たくさんいるものだ。ひっそりと、淡々と、時には何かに耐えながら。けっして「諦めている」わけではないのだけれど。