さみしいものの唄い止まない 内田良平の詩

「いわし」

いわしの父子(おやこ)が

くたびれて

波に

打ち上げられて 死んじゃった

砂浜に

まっすぐに

背骨のばしてならんでいる

でも

泣いてやらなくて いいんです

これでいいのかもしれません

死んでいても 目の玉は まだ 青い海の色(詩集おれは石川五右衛門が好きなんだ)

 

内田良平、というと同名で明治時代の有名な政治運動家がいますが、この詩を書いた内田良平は昭和の俳優(1924ー1984)です。1963年工藤栄一監督映画「十三人の刺客」鬼頭半兵衛というのが当たり役だったそうです。私はリメイク版しか見てないのでわかりませんが、暴君に忠義を尽くす家臣(三池崇史監督版では市村正親)という役どころ。私のイメージではテレビの時代劇で悪役やってた人、です。越後屋の用心棒で一番腕のたつ人。(時代劇以外にも松田優作探偵物語等に出ていたと思います)

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その内田良平は同人誌に参加する詩人でもあったそうです。昭和のヒット曲に「ハチのムサシは死んだのさ」というのがありますが、その詞は内田の「ハチのムサシ」という詩が元になっています。

「ハチのムサシ」

ハチの

ミヤモトムサシは死んだんだ

とおい

山の奥の畑で

お日様と果し合いをして

死んだんだ

彼の死骸は

真っ赤な夕日に照らされて

麦の穂から

ポトリと落ちて

やっぱり 確かに死んだんだ

勝てなかったお日様や

優しく抱いてくれた土の上で

真っ直ぐな顔で

静かに

空を

むいていた

「いわし」 と似てますね…

詩集のあとがきで自ら「童謡を書いた」と言っているので子供向けに書かれたものなのでしょう。虫、魚、鳥、といった小さな生き物が主人公。しかし内田良平は決して彼らの生き様をコドモの目線に下ろしたりはしません。コオロギやタニシやムカデといった「ちいさきもの」が、ただ生まれ、流れに任せ、時には抗いながら生きて、死んでいく様を眺めるように詠うのです。詩集の根底に一貫して流れているのは「誰でも、いつか死ぬ」この年代の男性特有のニヒリズムでしょうか。カッコつけすぎ…な気もしますけどね。昭和49年と(近代詩などと比較するとという意味で)微妙な古さを持った作品ですから、こういう「無頼と純情」の入り混じった作風は今の若い人にはしっくりこないかもしれません。いい詩があるんだけどなぁ…

「ちょうちょう 3」

絵の具でかいた羽根なんか

涙でのばしたひげなんか

お金でみがいた顔なんか

捨てちまお

雪が降ったら おしまい

猫なで声でおだてるな

ほんとの事を言っとくれ

それをきいたら

花のお墓に

たまった涙を捨てにゆく

今のところ作品集は全て絶版で古書でしか手にはいりません。まー、子供相手にシヌシヌ言ってるワケですから復刊は難しいのかもしれません。似たような詩が多いし。古書も稀少。プレミアついてて結構高かったりします。私がこの人の詩に出会ったのは中学生のとき。図書館にあったボロボロの詩集でした。その時は(越後屋の用心棒は詩も書いてたのかー)と思っただけですけどね。大人になってまた読む機会に恵まれましたが、あとがきに印象深い文章がありました。

 

子供だって、この世で生活しているなま身の人間だ。生活からうける苦しみ、憎しみ、悲しみも、わたしたちと同じように味わっているはずだ。センチメンタルな夢物語で、がまんさせられるほど、子供たちは愚かではない。子供たちを甘くみていると、いまに大きなシッペ返しを食うにちがいない。

立派な大学で教育された人達ばかりで固めた一流企業が、庶民に告発されるようなことを平気でしている集団となっている例がしばしばあるが、このシッペ返しの一つだと言えなくもない。

 

これそのまま今に通じることですね。

 

内田良平は、T・Sエリオットが遺言で、自分の伝記が書かれることを禁じた、という話に共感しています。作品を論じるのに人間性を持ち出すとややこしくなると。

(それ、半分は本音だとおもうけど、半分は照れ隠しなんじゃないですか?)

放蕩無頼の童謡詩集…強がりの純情派が遺したもの。