安房直子「白いおうむの森」

 

ひぐれのお客 (福音館創作童話シリーズ)

ひぐれのお客 (福音館創作童話シリーズ)

 

歿後なお新たな読者を獲得し、読み継がれつづける安房直子。本短篇集は、小社の雑誌「母の友」「子どもの館」に発表された作品のみをあつめ、刺繍による美しい絵を挿んで編んだもの。一風変った動物どもが、ひとりの時間を過している子どもや大人たちを、ふしぎな世界へといざなっていく。さびしくて、あたたかい、すきとおるような味わいの童話集。これまで単行本未収録だったエッセイ「絵本と子どもと私」も収載。小学校中級から大人まで。(福音館書店HPより)

安房直子といえば、小学校の教科書に載っている作品を読んだことがあるという人も多いと思います。遥か昔ですが、私も国語の授業で「きつねの窓」「鳥」を読んで、その幻想的な世界に魅了された一人です。著者が亡くなっているので新作を読むことは叶いませんが、没後も作品集が発表され続けるということは、時代を超えても人の心を捉える何かを持っているのでしょう。作品集を見つけると必ず手に取ってしまいます。多少被っていても、未読が一つでもあれば、買わずにいられないのです。

子供向けの作品というと何かしらの教訓めいたオチがつくストーリーが多いものですが、安房直子の作品は、特にオチがないストーリーでもなぜか心が惹きつけられます。読者の郷愁を誘いつつ、登場人物の欲望、後悔、罪悪感、喪失感…決してポジティブじゃない感情だけど誰もが心の奥底に秘めているものを、透明な、素直な言葉で紡いでいくところがいいと思うのです。

 

 

白いおうむの森―童話集 (偕成社文庫)

白いおうむの森―童話集 (偕成社文庫)

 

 

先日仕事中にたまたま聴いていたラジオ番組、詩の味わい方をレクチャーするという内容だったのですが、講師の方が「古来、翼のある鳥はあの世とこの世を自由に行き来することができる存在とされてきた」という話をしていました。死者への思いを鳥に託す。平安時代の和歌にはそのような歌が幾つもあるのだそうです。古今和歌集「哀傷歌」の よみ人しらず の句が紹介されていました。

なき人の  宿にかよはば  ほととぎす  かけて音にのみ  なくと告げなむ(八五五)ホトトギスよ、もし亡き人の家に行くのなら、お前と同じく私も、あの人のことを心に思い、声に出して泣いてばかりいると伝えておくれ)

「白いおうむの森」主人公の少女 みずえ は、近所の宝石店で飼われている白いオウムに、自分の思いを託そうとしました。

この世界にいる者で、死んだ人の国に行けるのは、鳥だけなのだと、誰かから聞きました。鳥はよみの国へのおつかいをするのだと

みずえには会いたい人がいるのです。自分が生まれる前に亡くなった姉の夏子。会うことが叶わないならせめて手紙を出してみたい…。

人の言葉が話せるオウムなら、神秘の国を知っているのではないか…姉への手紙を届けてくれるのではないかとみずえは本気で考え始めます。みずえは飼い猫のミーを連れて、オウムに言葉を教えるため(なつこねえさん、と言わせるため)毎日宝石店に通います。

しかしオウムはある日突然、店から姿を消します。みずえは宝石店の男に、あんたの猫が食べたんだろうと責め立てられ、二度とその宝石店には行くまいと誓うのですが、今度は可愛がっていたミーが姿を消してしまいます。

ミーを探して宝石店にやってきたみずえは、いつもオウムが止まっていたゴムの木と壁の間に、地下に降りる狭い階段が四角い口を黒々と開けているのを見つけます。中からミーの鳴く声をきいたみずえは中に入り、暗闇の長い長い階段をどんどん降りて行き…

 

切なさが特徴の安房直子にしては、ホラー的な要素のかなり強い作品でした。「世にも奇妙な物語」のような。

長い地下の階段の先には大きな森があって、みずえは会いたかった夏子に会うことができたのですが、その場所は、天国ではないんですね。なんて言ったらいいか、、古事記に出てくる黄泉比良坂(よもつひらさか)のような、この世とあの世の境い目みたいなところなのです。

大きな森の木々にはたくさんの白いオウムがとまっています。そして一つの木の下に一人づつ人が座っています。夏子によれば、オウムは現世で死者を思っている人のおつかいで、現世の者が死者を思うたびここに飛んでくるが、時間が来るとみんな帰ってしまう。オウムが帰ってしまうと鬼が現れ魂を食べようとする。食べられないためには、オウムが届けてくれた言葉をつないだ歌を歌う、そうすると鬼は逃げて行くのだと。

みずえは、もっといい場所、天国のような場所にはいけないの?と聞きますが、それには道案内をしてくれる強いオウムが必要だと夏子は言います。そしてなぜか、そのおつかいには、みずえの猫ミーが最適だと言うのです。ミーを寄越せと。ミーが本当に宝石店のオウムを食べたのかどうかは、最後まではっきりわからないのですが、地下の森にきたミーは人の言葉を発していました。オウムを食べたのだとしたら、ミーも特別な力を持ってしまったのでしょうか…みずえはいつのまにか周りの樹の下にいた人々にとり囲まれ、「ミーをください」「ください」と詰め寄られます。

主人公の みずえ はとても感受性豊かな少女なのですが、他の登場人物、動物も含め、物語の前半までは、ほとんど誰も感情を露わにしないところにいつもの安房作品とは異質の不気味さが漂っていました。そして後半、無表情に見えた者たちが、急に自分の欲求をみずえに訴え始めるんですね。そこが怖かったです。

亡者たちからの要求に危険を察知したみずえは、ミーに現世への道案内を指示し無事に元いた世界に戻ってきます。でも話はそこで終わりではなく…

(短編集「ひぐれのお客」に収録されたのを読みましたが、白いおうむの森が表題になった文庫もあります。他の収録作が違いますので、それはそれで別な機会に読んでみたいと思っています)