そりゃないよ(笑)

 

今日も昔のラジオネタ


blue tonic - The shadow of your smile

この曲が出たばかりの頃ブルートニックのメンバー(多分リーダー格の方だったと思いますが)ラジオ番組にゲストとして出演していたのを聴いていました。夕方のNHKFMローカルでした。

学生かな?シロウトっぽい女の子が一人でやってる、リクエスト中心の当時はよくある感じの番組。ゲストには事前に紙のアンケートに答えてもらいそれに沿ってインタビューしていくという、これまたよくある感じでしたけど。その時のやり取りがなんともおかしくて未だに覚えているのです。

女の子「続いて今後の目標なんですが(アンケートを読み上げる)…えっと…えっと…日本の…スカタン?…スカタンを目指す…あの…これはどういうことですか?」

ゲスト「あ、それ、スカタン、じゃなくて〝スタカン〟って書いてるんだけど(笑)スタイルカウンシルっていうイギリスのバンドがあって、日本版スタイルカウンシルみたいな感じを目指したい…」

女の子「あっ!(激しく動揺)すみません…あの…あの…」

ゲスト「いえいえ(笑)いいですよ」

カタン、といえば“アンポンタン”とか“このバカチンが”と同等の意味だと思うんですが…

なんでそこ間違えたんですかねぇ…聴いてる方は爆笑しましたけど。ゲストの方、不機嫌になることもなく(この子スタイルカウンシル知らないんだなぁ、しょうがないか)みたいな感じで、その後も丁寧にインタビューに答えていて、良い人だなぁと思いました。

その時かかったこの曲が気に入って、一度ライブを観に行きました。

けっこうお客さんが入っていてそれでもクールな感じだなぁと思いながら観ていました。曲は好きだったんで良かったんですけど。アンコールになって突然お客さんが盛り上がって…なんだろうこの変わり様…と不思議に思っていました。後でわかったのですが、その日来てたお客さんの多くはゲストの花田裕之目当てだった様で、そういえば彼がリードヴォーカルで歌い出した途端キャ〜ッみたいな歓声があがっていました。私はルースターズはちょっと聴いたことがあるくらいで、メンバーの顔とか代表曲とか、その時はよく知らなかったのでポカーンでしたけど。

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モーリーとウシャコダ

先週、フジテレビのワイドナショーを見ていました。校則の話題から髪型、日本の英語教育について出演者が話していた時、コメンテーターの一人モーリー・ロバートソン氏が自分が日本の高校で受けた英語の授業についてちょっと愚痴っぽいことを言いました。モーリー・ロバートソン氏といえば、経歴詐称疑惑のショーンなんちゃらに代わってニュース(ユアタイム)に出てた日本語のうまい外国人、としか認識がなかったんですが、ワイドナショーでの話にどうも聞き覚えがあるような気がして………三十年くらい前、モーリーさんの本を読んだことがあるのを思い出しました。というかモーリーさんがあの本の人だったのか!と気づいた感じでちょっと衝撃を受けました。 

よくひとりぼっちだった

よくひとりぼっちだった

 

フッサフサじゃないですか…

ぱっと見が団 次朗(帰ってきたウルトラマン)みたいですね。この本は面白かったけど最後の方になると漢字で書くべきところでカタカナ表記が多くなります。漢字書くのめんどくさくなっちゃったのかなぁ?と読んだ当時は思いました。東大とハーバード大出てるくらいの方ですからわかんないワケないですよね…。本の内容は、アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ(日本の)地方都市で育ってきた苦悩を綴ったものだったと記憶しています。今思い出したけど夏休みの読書感想文をこれで書きました。

 

モーリーさん今はこんなカンジ(この本は読んでないですけど)

 気づかなくてもしょうがないでしょ?でしょ?

挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け

挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け

 

「よくひとりぼっちだった」が発売された当時NHKFM渋谷陽一氏の番組にモーリーさんがゲスト出演していました。何気ない会話から「僕知ってるよ、そういうの“いつもニコニコ ウシャコダ”っていうんでしょ?」と言って渋谷さんが「なんでそんなの知ってんの〜?」とバカ受けしてたこと、インタビューの最中にモーリーさんが「トイレ行っていい?」と訊いたことがとても印象に残っています。インタビューの部分は生放送じゃなかったと思うし、本当にトイレに行ったのか?行った後うまく繋げたのか?全然覚えてないけど普通はカットするだろう発言をあえてそのまま放送したNHKもなかなかやるなと思いました。あの青年がユアタイムのモーリーさんだったとはねぇ…ってクドイか。

“いつもニコニコ ウシャコダ”というのはウシャコダというバンドの「カモナ ウシャコダ」という歌の歌詞です。80年代メジャーで一枚アルバム出していますが自主制作盤とライブがメインのバンドだったかな。ニューサウンズスペシャル(NHKFM)でのスタジオライブめっちゃ面白かったの覚えてます。一度解散したのですが近年再結成され時々ライブをしているようですね。歌もいいですけどヴォーカルの方(藤井康一氏)が面白くてお客さん乗せるのがすっごく上手いんですね。下の動画では吾妻光良御大と遊んじゃってるし…(5分20秒くらいから)

これは福島でのライブだそうで。いいですねこういうの。

youtu.be

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WARだよ、WAR

某月某日

三連休、夫と久々のお出かけ。休みが基本的に合わないし、合っても最近は出かけないことが多くなったんですが今回はちょっと用事があって、ほんっとに久しぶりに大都会(笑)へ繰り出しました。山越えふたつ。

用事を済ませ、そういえばうちの“手はかからないけどお金だけはやたらとかかる大きなヒヨコ(寮生活中)”がアウターが欲しいと言ってたのを思い出し一軒の古着屋に入りました。新品買ったれよって?そうですね、以前からネット等で探してたんですがなかなかいいのがなくて、ちょっと目線をかえてみようと思ったのです。これから寒くなるしフードがついたハーフコートがいいんじゃないかと思ったりしたのですが、機能重視だとデザインが野暮ったくなりがちでそうなるとせっかく買ってやっても絶対着ない、という事態が発生するわけで…生意気なんだよマッタク!笑

若い時ってなんか知らんけど、厚着すると負け、みたいな空気ありませんでしたか?私は北国生まれなんですが昔はマイナス二十度でも制服の下は生足でしたね、タイツやストッキングはダサい、という空気でした。コートは学校指定のがありましたけどほとんど着てる子はいませんでした。Aラインのコートでシルエットが〝のしたイカ〟みたいで「イカコート」なんて他校生から揶揄されるし。男の子も学生服の上に何か着るってひとはほとんどいなかったですね。学生服の下にパーカーを着てフードだけ出すという不思議なスタイルがカッコよしとされていました。今思うと変。

毎度のことですが話がどんどんズレてますけど。

古着屋店内を二手に分かれアウターを探していました。買い物してる時何気なく耳にしてるBGM、だいたい右から左に聞き流すというか聴いてる自覚もないくらいなんだけど、好きな曲がかかると急にポーンと耳に入ってきたりします。そのお店では昔流行った洋楽をフュージョン風にアレンジしたものがかかってたんですがちょっとシブい感じなんですよ「world is a ghetto」とかね。気付いた時ちょっと立ち止まって近くにいた夫と目で会話(WARだよWAR)。オリジナルはWAR(ウォー)ですけど、その時かかってたのはギターソロがメインで本家よりずっと軽い感じのカバーでした。途中からスキャットが始まったんでジョージ・ベンソンだと私にもわかりました。ジョージ・ベンソンがWARのカバーなんかするのか、意外だなと思いましたが、かなり昔にやったもののようです。時々こんな感じで外出先の意外な場所で好きな曲を耳にしてほんのちょっとだけテンションが上がることがあります。ファミレスで「sweet home Alabama」(レーナードスキナード)、ドーナツショップで「dark end of the street」(ダン・ペン)とかね。ほぼだれも共感してくれないので黙ってるけど。今回は夫がいたけど大概一人で思うだけです。ああいうBGMはほとんど有線らしいですね。

さてさてヒヨコのアウターですが、ペンドルトンのチェックのジャケットで良いものがあったのでそれを買いました。お値段はそれなりにしたけど(涙)。早速送りましたが、今の所ノーリアクション!そりゃないぜ。

 


George Benson - The World Is a Ghetto

 


- The World Is A Ghetto by War -

桑田佳祐のラジオでWARのシスコキッドがかかった時「昔はね、ウォーじゃなくてワーって言ってたんですよ。なんかカッコつけちゃって。通(つう)ぶってね。」と言ってたのを思い出しました。うちは夫がWAR好きなんですよ。普通にウォーって言ってるけど。旦那に言わせるとWARはこのゲットーとプラチナファンクがいい(アルバム)らしいです。

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モヤモヤは続く

溜まる一方のHDD録画リストから、ミュージックエアでやっていたカーティス・メイフィールドのライブをチョイスして見ていました。カーティス・メイフィールドは90年8月事故で下半身不随の重症を負っています。これはその4ヶ月ほど前ドイツで収録されたテレビの音楽番組の模様です。彼のアルバムは、昔誰かにCDを借りて一回聴いたことがあるという程度で実はよく知りません。でもそのCDで聴いた印象は悪くなかったはず…そう思って録画したライブを見始めました。

「It's allright」という曲の途中、カーティスが繰り返したあるフレーズを耳にして「あ、これ子供の頃聴いたことがあるな」と突然思い出しました。↓これの2分45秒あたりから。


Curtis Mayfield - It's Allright - Live 1990 #2

「エーイメン〜」時折、フッと頭の中でその部分だけリフレインしては、誰の歌だっけ?なんていう歌だっけ?と長年モヤモヤしていたフレーズ…それをテレビの中のカーティスが歌っていたので、思わず一緒に見ていた家族に「あーこれ、これ、なんていう歌?」とテレビを指差しながら訊いてしまいました。家族の答えは「知らないけど、野のユリ(昔の映画)でシドニー・ポワチエが歌っていたのと同じだね」……ののゆり?しどにーぽわちえ?全然シラナイんですけど…?あとで自分で調べてみたら動画サイトで、家族の言うその映画のシーンを見つけました。lilies of the field(野のユリ)という映画タイトルは新約聖書に出てくる一節を引用したものらしい。そのまんまですけど「Amen(エイメン)」という歌でした。


Lilies of the Field - Amen

「エイメン」は「アーメン」と同じ。ゴスペルを映画用にアレンジしているんですね。

「野のユリ」は見たことないのですがこのシーンだけを見ると1992年のハリウッド映画「天使にラブソングを」みたいだなぁ…いやいや 「野のユリ」のほうが1963年と先だから「天使〜」の方が似てるってことか。ストーリー自体は全然違うみたいだけどもしかしたらここから着想を得ているのかもしれませんね。シドニー・ポワチエはこれで黒人初のアカデミー主演男優賞を獲得したというのですから名作映画、ですよね。レビューの評価も高い。「野のユリ」今度見てみよう。

ドイツのライブで カーティス・メイフィールドがやっていたのは、ちょっとややこしいのですが「It's allright」という曲の間奏に、「エーイメン〜」を挟んでいたんですね。ソロになる前のジ・インプレッションズ時代、1964年にこの「Amen」をカバーして全米7位と結構ヒットしています。

動画をいろいろみてみたんですがインプレッションズ時代も「Amen」を一曲そのままうたう時と「It's allright」「We're a winner」など他の曲の途中で「エーイメン〜」のフレーズだけを挟むときがあったみたいです。

整理すると、ゴスペルソング→映画「野のユリ」でシドニー・ポワチエがうたう→ジ・インプレッションズがカバー→ソロになったカーティス・メイフィールドが継続してうたっていた…という流れでしょうか。

 

ちなみにこの「Amen」日本では木の実ナナさんが「野のユリ」のタイトルで1964年にカバーしていました。インプレッションズと同じ年に出しています。早いですね。映画が日本でもヒットしていたんでしょうか。訳というより独自の日本語詞がついています。「エーイメン〜」のところを「のーのゆり〜」とうたっています…

全然関係ないけど木の実ナナさんて60年代にはもう活躍してたんですね、びっくりです。

 

私がこの「Amen」を(子供の頃)初めて聴いたというのはもっとずっと後のことです。確か日本のバンドが(英語で)カバーしているのをテレビで見たんだと思うけど、自分の記憶の中ではゴダイゴだったような気がするのですが調べた限りではアルバムとかライブでカバーしていた形跡は見当たりませんでした。せっかく曲名がわかったのにまだモヤモヤしています…あー、一体誰だったんだろう〜(遠い目)

 

私がミュージックエアで見たライブはこれですね ↓

  

 

  

 

 

 

 

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ブロードウェイの天使

老いぼれで身寄りのないノミ屋の「ベソ公」のところに、ある日若い男が飛び込んできます。傍に彼の娘らしい小さな女の子を連れて。

「次のレースまであと何分ある?」

「25分だよ」

「俺はこのレースの“確かな”情報を手に入れたんだ。これから14丁目の知り合いのところに行って20ドル借りてくるから、あの馬に俺のぶんをかけてくれ。保証にこの子を置いていく。この子が担保だよ。」

店を開けたばかりで忙しがっていたベソ公は深く考えずに承知してしまいますが、男はいつまでたっても戻ってきません。困ったベソ公は夜に店を閉めてから行きつけの食堂「ミンディ」に少女を連れて行きます。まだあどけない幼な子を珍しがって裏町の住人たちはあれやこれやと世話を焼き始めます。マーキーと呼ばれるようになった少女は歌とダンスが得意でやがてみんなのマスコットのような存在になります。。そしてベソ公にとっては、マーキーは守るべき唯一の存在になりつつありました。表通りに綺麗な部屋を借り、車を買い、子守りを雇い…今まで死に物狂いで貯めた金を、ベソ公は湯水のように使うのです。幼いマーキーのために最良の環境を整えてやりたい。ケチでひねくれ者だったベソ公の顔つきは見違えるほど柔和になりました。彼とマーキーを見守りつつあれこれ口を出すミンディの常連たち…ささくれた日常をただ繰り返すだけだった彼らも、マーキーの無邪気さに触れ優しい心を取り戻していきます。しかしそんな日々は長く続きませんでした。健忘症にかかっていたという男とその家族がマーキーを引き取りに来て、ベソ公の「人並みに幸せな」日々は突然ピリオドを打ちます。

側から見ればベソ公もマーキーも元の生活に戻るだけといえるのですが、少々切ない余韻が残りました。マーキーの父親は競馬の掛け金の担保に娘を置いていくような男です。この男はパリで妻を捨てていました。健忘症で娘をむかえに行けなかったという理由も怪しいものです。別れた妻はすでに亡くなっています。妻の実家が資産家で老齢の義父は余命いくばくもなく相続人はマーキーしかいないと連絡が入り慌てて引き取りに来た…実際男の母親は「人は息子が妻と娘を捨てたなんていうけれど」と言い訳めいたことを口にします。男の姉も「あの結婚には反対だったけど…〝これからは〟マーキーを可愛がってやるつもり」と暗に今まではマーキーがお荷物だったかのようなことを匂わせていたりする。ベソ公にしてみれば、そんな男の元へマーキーを返して幸せになれるのか…という思いもあったでしょう。それでも莫大な財産があればマーキーの将来は、所詮裏稼業の自分と生活するよりよっぽどマシだ…ベソ公は急にマーキーと出会う前の暗く卑しい顔になって「お前の“担保”で20ドルかけた分が未払いだから払ってくれよ」といって席を立ちます。そして振り返らず出ていきました。子供に無償の愛を注ぐことで人間本来の優しさを取り戻したベソ公は、その優しさのために身を引いたのでした。…なんだか映画になりそうなストーリー…と思ったら、案の定1934年に映画化されていました。結構ヒットしたようです。

「ブロードウェイの天使」作者のアルフレッド・デイモン・ラニアン(1884ー1946)は元新聞記者。ブロードウェイの裏通りで繰り広げられる「ならず者」たちの日常を、スラングを駆使して描き続けた作家です。ミュージカルの傑作「野郎どもと女たち(Guy and Dalls)」のストーリーはラニアンのいくつかの短編を元に構成されたものだそうです。生涯ニューヨークのダウンタウンを愛したラニアンの遺灰は、遺言によりマンハッタンの上空に撒かれました。

 

 

 

ブロードウェイの天使 (新潮文庫)

ブロードウェイの天使 (新潮文庫)

 

 

 

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悲しみは地下鉄で

パンイチ男に感動させられるとは

不覚

 


モーモールルギャバン - 悲しみは地下鉄で from "Live at Zepp Tokyo 2012.6.22"

悲しみは地下鉄で見失った 僕は死ねばいい

バイトが終わった 汗もかかず終わった
ビールを飲む価値も無い 夜にさよなら乾杯
パンツくらい穿け そのまま眠る僕は
昨日の電話以来 錆び付く胸が痛い
君にキスをした 君を抱きしめた
記憶さえ無くなれば もう夜が来なければ
何も出来ないよ 何も癒えないよ
昨日の電話以来 錆び付く胸が痛い

悲しみは地下鉄で見失った 僕は死ねばいい
悲しみは地下鉄で見失った 僕は死ねばいい

風俗に行こう 友達と行こう
何もせず終わろう 日はまた昇るだろう
空虚なる笑顔 気まぐれの愛情よ
あの娘に感謝したい 明日が来なければいい
青春時代は優しくて残酷だ
今はただ一筋の光も見当たらない
青春時代は優しくて残酷だ
今はただ一筋の光も見当たらない

人間て何ですか
食えるんですか 金になりますか
人間て何ですか
食えるんですか 金になりますか

あぁ まだ外はひどいひどい雨だね

 

 

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ギターを弾く少年


Sons de Carrilhoes/João Pernambuco ショーロ/ペルナンブーコ

偶然見つけた動画を見て以来すっかりこの方のファンになっている。どこの何方かは存じ上げないが、現在小学四年生だそうだ(↑このショーロの演奏時は6歳)。動画には海外の人たちからも好意的なコメントがたくさん寄せられているようだ。彼の演奏を楽しみにしている人が一定数いることは確かで、私もその一人です。

最初に見たのは、彼が5歳(年中)、発表会(クリスマスらしい)で演奏する動画だった。


Maria Luisa/Julio Salvador Sagreras マリア・ルイサ/サグレラス

(この動画↑)登場から演奏、退場するまでの立ち居振る舞いが堂々としていてなおかつとても品があって清々しい(ギターを抱えて歩くだけでもこの年齢だと大変だと思うんですけど)。動画は数ヶ月おきにアップされていて、見るたび少しづつ成長しているのをみるのが嬉しい。わぁ、もうこんなに大きくなったんだ。またまた上手になってるね〜……って気分はもう遠い親戚のオバチャン状態です(気分だけですよ)。

クラシックギターといえば昔名曲アルバムで見た荘村清志さんくらいしか思い浮かばなかったけど(古すぎますね)、当時は子供だったので演奏より荘村さんの(アーティストならではの)独特の風貌に目がいってしまって、ちゃんと曲を聴いてなかった…。クラシックギターもなかなかいいものだなぁ…そう思うきっかけをくれた、小さなギタリストの動画でした。

こちら最新の動画↓


Study Op.6 -11/Fernando Sor エチュードOp6 -11/F.ソル

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